少し動画投稿のペースを落としている今、
ふと「YouTubeをしていなかったら、私は何を整えていただろう」と考えるようになった。
家?気持ち?日常?
発信がなかったら、整えることに“意味”を見出せていたのかどうか。
今回は、私がVlogを始めた理由と、その延長線上にあった“整える”という行為について、
改めて書いてみたいと思います。
このブログはYouTubeチャンネル「中古住宅の快適暮らし」を運営するChikakoが、動画の裏話やこぼれ話をつづっています。
YouTubeでは、築50年の中古一軒家に住む家族のささやかな日常をVLOG形式で発信しています。
YouTubeを始めたきっかけと、当時の自分にとって整えること
私がYouTubeを始めたのは、2020年。
子どもがまだ小さくて、さらにコロナ渦で外出自粛中。
家にいる時間が圧倒的に長かった頃。
社会から少しずつ離れていくような感覚があって、
お給料や育休手当も少しずつ減っていって、
自分の価値がなくなるような気がしてこわかった。
「副業」というワードも聞かれるようになり、
家で働く内容にも選択肢が広がっていた。
「今の私にできることはなんなんだろう」
YouTubeを始めたきっかけは、「不安」だったのかもしれない。
・身の回りを掃除すること
・大好きなことをシェアすること
・それを発信して気づいてもらえること
「記録する」「誰かに届ける」っていう行為が加わったとき、
暮らしが少しだけ前向きに変わっていったように思う。
YouTubeの中でも「Vlog」という形式にしようと思ったきっかけは別の記事でご紹介しています。
→私がVLOGを始めたきっかけ。YouTube動画制作裏話
YouTubeをしていなかったら──私が整えていたかもしれないもの
もし、YouTubeを始めていなかったら、
私はどんなふうに、自分の時間や気持ちを整えていたんだろう。
コロナ禍がなかったら、
子育てがなかったら、
おそらく、いや間違いなく動画制作にはたどり着いていなかったと思います。
もしかしたらこの家を引き払っていたかもしれないし、
会社を辞めて、新しい仕事に精を出していたかもしれません。
土日は趣味で外出することが多かっただろうな。
あの頃の私は、
ただ静かに、誰にも気づかれずに、
日々が過ぎていくのが少しだけこわかった。
そんな私にとって、
カメラを回すことは、自分の暮らしを“見つけ直す”時間でした。
部屋を照らすライトや、朝のやわらかい光。
そんな何気ない風景にBGMをのせると、
まるで映画のワンシーンのように思えて、
“今ここにいる自分”の暮らしが、とても愛おしく感じられました。
整えることって、
誰かに見せるためじゃなくて、
「今の自分、大丈夫だな」と思えるように、心の置き場をつくるようなことだったのかもしれません。
整える、ということについて、
改めて書いてみました。
読んでくださって、ありがとうございます。
Vlog形式で、築50年の家での暮らしや工夫を発信しています。
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